2007年08月29日

私がランドナーを欲しい理由

ランドナーについて、なかなか客観的な存在価値を見出せそうにないので主観から考えてみる事にします。

私がランドナーを欲しい理由 = ランドナーの存在価値

と言えるかは甚だ微妙ではありますが。

再び自転車に乗り始めて2年程の間に、ロードバイクであちこち行くようになったのですが、“ツーリング”や“サイクリング”というよりは“走行”になってしまうのです。

言葉の定義はさておき、自転車で出かけた先の場所を味わったり、途中の風景を楽しむというよりは、「サイコンとニラメッコ」で頑張って乗ってしまう自分がいます。

しかしそれと同時に、「自転車でこんな遠くまで来れた」、「自転車で来た事によってクルマで来たのと違う風景を感じた」と思える事もしばしば。

「もうちょっと余裕を持って自転車に乗りたい」と考える事も多いのです。そして、泊まりも含めてあちこちを訪れてみたいと。

「旅」と言えるような長期のツーリングはなかなか出来ない状況ではありますが、時には1泊で、出切る事なら2泊位のツーリングに出かけてみたい思うようになりました。

これまでも、ロードバイクに大型のサドルバッグを付けてサイクリングっぽい事をしてみたり、無理やり的にキャリアを取り付けキャンプ道具を積載してみたりもしました。輪行して宿に泊まるような事もしてみました。でもやはり何かが違うと感じるのです。
安定感の差なのか、そもそも作られた目的は違うのか。

MTBを楽しみながらのキャンプもしましたが、基本的にはクルマで山まで行き、MTBに乗ったついでキャンプしているのであって、そこに自転車との結びつきを多くは感じられません。

自分がやりたい小旅行は、きっとロードバイクでもMTBでもやって出来ない事はないと思うのですが、やはり、より快適に違和感を感じずに自転車での小さな旅をしたいと思うのです。

これって贅沢な話ですよね。

ロードバイクでもMTBでもやれない事はないのに、その違和感を埋めるために「ランドナーを欲しい」と言ってるのですから。

自分がランドナーを欲しい理由は、

「贅沢をしたい」

という事になりそうです。
しかしそれでは余りに抽象的すぎます。

その贅沢をするために、なぜランドナーを選択するのか。

それは次回にしましょう。

引っ張ります。
まだまだ私のところにランドナーがやって来る日まで、月日がありそうです。
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